長野駅の善光寺口に立つ如是姫像。その由来はというと…
はるか昔、ある長者の一人娘である如是姫は、流行り病にかかり床に伏してしまった。
協同組合 ナガノ駅前センター Webサイトより抜粋
ケチで不信心だった長者もこの時ばかりはとお釈迦様にすがり、教えに従い一心にお祈りを捧げると、阿弥陀如来と観音菩薩、勢至菩薩が現れるとたちまち、如是姫の病気は回復しました。
そして長者は金の阿弥陀如来と観音菩薩、勢至菩薩の一光三尊像をつくり、信心に務めたとのことです。長者はその後、百済の聖明王に生まれ代わり、この一光三尊像を欽明天皇の13年(552年)に日本最初の仏像として経巻とともに奉献されたといわれています。
その後、聖明王の生まれ代わりと言われる本田善光がお堀に投げ捨てられていた一光三尊像を信濃の国(現在の長野県)へお連れし、そして今の善光寺の場所へと移ってきたのです。
如是姫は自分を救った一光三尊への感謝を示し、善光寺に向かって香花を捧げ礼賛しているのです。
如是姫を救った一光三尊阿弥陀如来が本尊である善光寺。そしてその一光三尊阿弥陀如来像は、如是姫の御父上の生まれ代わりである本田善光によりこの地へ連れてこられたのです。
こんな今だからこそ、善光寺へのお参りの際には長野駅前の如是姫像も一緒にお参りいただいてはいかがでしょうか。
如是姫像